大判例

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千葉地方裁判所 昭和61年(ワ)353号 判決

原告

曽我直

細野直子

斉藤秀男

原告ら訴訟代理人弁護士

舟木友比古

右同

長谷川純

被告

千葉県

右代表者千葉県知事

沼田武

右訴訟代理人弁護士

石川泰三

右同

岡田暢雄

右同

秋葉信幸

右同

高橋省

右同

今西一男

右指定代理人

澤井三郎

外六名

主文

一  被告は原告曽我直に対し金二〇万〇九七〇円及びこれに対する昭和六〇年一一月四日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告曽我直のその余の請求並びに原告斉藤秀男及び同細野直子の各請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告曽我直と被告との間ではその間に生じたものを八分し、その七を同原告の、その余を被告の各負担とし、その余の原告らと被告との間ではその間に生じたものを同原告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。ただし、被告が金一〇万円の担保を提供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告曽我直に対し金三三五万六〇六七円及びこれに対する昭和六〇年一一月四日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は原告細野直子に対し金三三〇万円及びこれに対する昭和六〇年一一月一〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告は原告斉藤秀男に対し金一九五万一五一〇円及びこれに対する昭和六〇年一一月一〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (原告曽我直について)

(一) 千葉県警察本部警備部新東京国際空港警備隊に所属する関東管区機動隊第三小隊(以下「第三小隊」という。)約三〇名が、昭和六〇年一一月四日午後八時ころ、千葉県成田市本三里塚六一番所在島寛征(以下「島」という。)宅敷地内に無断で侵入してきたため、原告曽我直(以下「原告曽我」という。)外数名が退去を求めたが、第三小隊はこれに応じず、島宅に至る私道において、一列五、六人からなる二列の横隊を組み、原告曽我らと対峙した。同時一五分ころ、原告曽我らが第三小隊に対し「とにかく敷地から出てくれ。」等と要求していたとき、隊員某(前列から二列目、原告曽我から見て左から三、四番目に位置し、年齢二〇歳位、背は少し高く細顔の者で眼鏡はかけていない。)が隊列から割って出て、「野郎。」と叫びながら、所携の棒状の物(指揮棒と同じ位の太さで長さは一メートル以上で生木の色をしている。)で、原告曽我の頭部を殴打し、全治一〇日間を要する頭頂部打撲挫創の傷害を負わせた。

(二) 被告の公務員である右隊員の行った右不法行為により原告曽我の被った損害は左記のとおりである。

(1) 治療費 四万六九七〇円

(2) 診断書作成料 四〇〇〇円

(3) 慰謝料 三〇〇万円

(4) 弁護士費用 三〇万五〇九七円

(右(1)ないし(3)の合計額の一割)

(5) 合計 三三五万六〇六七円

2  (原告斉藤秀男及び同細野直子について)

(一) 原告斉藤秀男(以下「原告斉藤」という。)は、昭和六〇年一一月一〇日午後一一時三〇分頃、原告細野直子(以下「原告細野」という。)を助手席に、加賀寿子(以下「加賀」という。)を後部座席に同乗させ、原告斉藤所有の自家用自動車(トヨタEITA41、車両番号千葉56ら60―21。以下「本件自動車」という。)を運転し、千葉県山武郡芝山町菱田一一五九番地の四付近を通過中、千葉県警察本部警備部新東京国際空港警備隊第三空港機動隊第二中隊第二小隊第二分隊(以下第二分隊」という。)に所属する機動隊員数名に右車両の停止を指示された。原告斉藤は、車両を停止させ、機動隊員の指示に従い、運転免許証を提示した。

(二) その後、約三名の機動隊員が原告細野が座ったいた助手席の窓に手を掛け同原告に襲いかかろうとし、その外の機動隊員らも口々に「公務執行妨害」等と叫びながら、自動車を揺すぶり、運転席側ドアに飛び蹴りし、警棒等で天井、ドア等を殴打したうえ、左側後方ドアの三角窓ガラスを蹴破り、助手席のドアロックをはずして車内に侵入した。そして、原告細野の頭部を殴り、同原告を連れ出されまいとして同原告に覆いかぶさっていた原告斉藤を小突いて原告細野から引き離し、原告細野を助手席よりひきずり降ろした。そして、機動隊員らは、原告細野を公務執行妨害罪名下に違法に逮捕し、同人の足、肩及び腕等を殴る、蹴る等したうえ、五、六メートル同原告の手足をつかんで運んだ。

原告細野はその後、機動隊の宿舎、続いて船橋西署へ連行された。原告細野は当時妊娠していたが、翌日(一一月一一日)朝、出血し流産するに至った。

(三) 被告の公務員である右隊員らは、原告斉藤所有の車両を損壊し、同原告に対し暴行を加え、原告細野にも暴行を加えて違法な逮捕行為を行い、その結果原告細野は流産するに至ったのであるから、被告はその公務員の行った右不法行為による原告細野及び同斉藤の後記損害を賠償する国家賠償法一条一頂上の責任がある。

(1) 原告細野の損害

① 慰謝料三〇〇万円

② 弁護士費用(右の一割)三〇万円

③ 合計三三〇万円

(2) 原告斉藤について

① 本件自動車は、隊員らの暴行により、運転席側前部及び後部ドア並びに助手席側前部タイヤ上部付近、前部ドア全面及び後部ドア全面がそれぞれ凹型にへこみ、かつ、助手席側後部三角窓ガラスは割れてしまった。原告斉藤は、その修理のため一六万五一〇〇円を支出した。

② 本件自動車は、本件事件(昭和六〇年一一月一〇日)で押収され、同年一二月七日に原告斉藤に返還されたが、修理に出したため、同原告は、押収から修理終了までの間の合計四二日間、本件自動車を使用できなかった。その間の使用の利益を奪われた損害を金銭に換算すると六〇万九〇〇〇円(一日一万四五〇〇円×四二日間)となる。

③ 慰謝料一〇〇万円

④ 弁護士費用(右①ないし③の合計額の一割)一七万七四一〇円

⑤ 合計一九五万一五一〇円

3  (結び)

よって、国家賠償法一条一項に基づき、被告に対し、原告曽我は損害金三三五万六〇六七円及びこれに対する不法行為の日である昭和六〇年一一月四日から、原告細野は損害金三三〇万円及びこれに対する不法行為の日である昭和六〇年一一月一〇日から、原告斉藤は損害金一九五万一五一〇円及びこれに対する不法行為の日である昭和六〇年一一月一〇日から、各支払い済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1について

請求原因1中、(一)は否認し、(二)は不知。

2  請求原因2について

(一) 同2中(一)は認め、同(二)中本件自動車の後部三角窓ガラスを破って後部助手席側及び助手席側のドアロックを順次はずし、妨害する原告斉藤を切り離して、原告細野を車外に出し、同原告を現行犯逮捕したことは認め、その余は否認ないし争い、(三)は否認ないし争う。

(二) 分隊は、昭和六〇年一一月一〇日午後一〇時ころから、山武郡芝山町菱田一一五九番地の四の先路上で不審車両発見を目的として車両検問を実施していた。同日午後一一時半ころ、同所を進行してきた原告斉藤運転の本件自動車は、フロントバンパー及びフレア部分が凹損していたので、これに対して停止を求め、職務質問を開始した。松田分隊長を初めとする隊員らは原告斉藤に対し、自動車検査証(以下「車検証」という。)を提示するよう説得を続け、更にエンジンを切るように求めたが、そのいずれにも原告斉藤は応じなかった。そのうち、運転席側にいた坂上隊員が、車内からアルコールの匂いがするのに気付き、「酒臭いでぇ。」と言ったところ、原告細野は、吸っていた煙草を助手席側で職務質問への協力を説得していた隊員中村和久(以下「中村隊員」という。)に投げ付け、窓ガラスを上げ始めた。そこで、中村隊員は、そのガラスのふちに右手を掛け、これを制止しようとしたが、原告細野はそれに構わず窓ガラスを上げて、中村隊員の右手人差指、中指及び薬指をガラスで締め付ける等の暴行を加え、同人の右手人差指、中指及び薬指に全治一週間を要する傷害を負わせた。また、原告斉藤も運転席側窓ガラスを閉じた。

そこで、隊員らは、原告細野及び同斉藤に対し窓を開けエンジンを切るよう再三求めたが、原告斉藤は、中村隊員の状態を知りながらエンジンを切らず、窓を開けようとせず、原告細野も窓を開けず、また、吸っていた煙草の先を同隊員の指先に近づけ、隊員らの求めに応じなかった。そのため、松田分隊長は、原告細野を公務執行妨害罪で逮捕するよう命じ、隊員らは、助手席側の後部三角窓ガラスを割って、順次後部座席及び助手席の各ロックを外してドアを開け中村隊員を救出し、原告細野を車両から出して現行犯逮捕した。

つまり、原告細野が検問に伴う職務質問を妨害するに足る暴行即ち中村隊員に対し煙草を投げつけかつ中村隊員の指を窓ガラスで締め付けるという行為を行ったため、同人を公務執行妨害罪として現行犯逮捕する必要があったものであり、原告細野に対する実力行使は、現行犯逮捕に伴う社会通念上必要かつ相当と認められる実力行使であり、適法な職務行為である。また、原告斉藤は、右逮捕行為を妨害したものであり、また、同原告が所有する本件自動車への実力行為は、原告細野の逮捕及び中村隊員の救出のためのやむを得ないものであるからやはり違法性が阻却されると言うべきである。

三  被告の主張に対する原告細野及び同斉藤の認否

1  被告主張の日時場所で原告斉藤が職務質問を受けたこと、同原告が車検証の提示に応じなかったこと、隊員らが車両の窓をこわし、原告細野をひきずりだしたこと、原告細野を現行犯逮捕したことは認め、その余は否認する。

2  公務執行妨害罪の成立には、職務行為の違法性が必要であるところ、車検証の提示を求める職務質問はそもそも違法であるから、公務執行妨害罪の逮捕行為が違法であり、したがって逮捕行為時に原告斉藤に対してなされた暴力行為も違法であり、また本件自動車に対する差押え処分及び暴行も違法である。

仮に逮捕行為が違法でなかったとしても、本件自動車の差押え処分は、原告細野の公務執行妨害罪の立証に必要なものでなく、過剰な差押えであって、違法であり、本件自動車に対する暴行行為は、そのうち後部三角窓ガラスの破損行為は逮捕行為と関係があるが、その他は逮捕行為と全く無関係な単なる嫌がらせの行為であって、違法である。

3  また、現行犯逮捕を行う場合も逮捕の必要性が要件とされているところ、隊員らは原告細野の氏名及び逃亡の可能性がないことを知っており、かつ公務執行妨害罪の罪質上罪証隠滅の虞れはなかったのであるから、現行犯逮捕の必要性を欠いている。更に、仮に逮捕が適法であるとしても、隊員らは、逮捕に関係なく、必要な限度を超えて原告細野に対し暴行を加えたものである。

よって、原告細野の逮捕は違法であり、これに伴う隊員らの行為も違法である。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原告曽我について

1  〈証拠〉によれば、左の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  原告曽我は、新東京国際空港建設反対運動(以下「空港反対運動」という。)の支援者である。原告曽我は、昭和六〇年一一月四日午後七時ころ、島宅を訪れ、同所で午後六時ころから行われていた空港反対運動を行っている者及びその支援者らが行っていた親睦の集まりに参加した。参加者は、原告曽我のほか、島夫妻、福田夫妻、ロバート・リケット、樋ケ守男、加藤カヨコ、中野芳明、佐山忠、前田勝雄、那須ユキトシ等約一五人程であり、その内には、原告曽我が到着した後に到着した者もいた。

原告曽我は約一時間の間にビールを二、三杯飲んだ。

(二)  第三小隊は小隊長鈴木忠(以下「鈴木小隊長」という。)以下三六名、三個分隊から構成されていた。第三小隊のうち一個分隊は、武田中隊長の指示で、昭和六〇年一一月四日夕刻から、県道成田松尾線の三里塚小学校脇三叉路において検問を行った。検問を行っていた岡田隊員は、同日午後七時五五分ころ、同三叉路を三里塚十字路方向から進行して来た右側前照灯の切れたサニー白色バン(連番が五四―〇一、樋ケ守男所有。)に対し停止を指示したが、同車は検問に応じず、約一五〇メートルほど進行して右折し、島宅へ通じる同人の私道に入った。そこで、鈴木小隊長及び隊員五名は、指揮官車で右車両を追跡し、右私道に入り、指揮官車を降りて、右車両を探したところ、私道奥に停車しているのを発見した。

(三)  そのころ、島宅に集まっている者が鈴木小隊長らが島宅敷地内にいることに気付き、三々五々鈴木小隊長らのもとへ集まり、敷地内から退去するよう求めた。鈴木小隊長は、原告曽我らに対し、検問を突破した者が島宅に入った旨を告げたが、原告曽我らは、鈴木小隊長らを取り囲み退去を強く求めたので、鈴木小隊長は、隊員に命じ、検問所に待機していた残り二個分隊に応援に来るよう連絡させた。応援は、午後八時一六分少し前に、大型輸送車で到着し、鈴木小隊長は、隊員らを、私道の入口から約二四メートルの地点に、一列五、六人の二列横隊に並ばせ(前列の者が楯を所持していた。)阻止線を張った。原告曽我らもこれに対しほぼ一列に並び、「出て行け。」等怒鳴り、中には楯に体当りする者もいた。

(四) 対峙して間もなく、機動隊の後列左側に居た機動隊員の一人が棒状のようなものをいきなり「野郎」と言いながら振り下ろし、原告曽我の前頭部付近に当たったので、原告曽我は左前額上部に打撲挫創を負い、相当の出血をみた。原告曽我は、鈴木小隊長らに対し、「この傷は何だ。」等と言った後、傷の手当のため島宅へ戻った。それから一、二分後、武田中隊長が到着し、その指示により第三小隊は私道から退去した。

(五)  原告曽我は、午後八時三〇分過ぎころ、救急車で成田市上町五〇三番地所在の藤立病院に運ばれ、前額部上部を三針縫合する治療を受け、全治一〇日間の頭頂部打撲挫創と診断された。

2  ところで、被告は、原告曽我の前記受傷が機動隊員に棒状のもので殴打されたことによって生じたものではない旨主張するので、以下これについて検討する。

(一)  この点に関し、証人リケットは「私達も五人くらいで並んで機動隊に対峙しており、私はその真ん中に、原告曽我は私の左側で一歩下がったくらいの位置にいて抗議していた。そのとき突然、機動隊の後列左から二、三人目にいた機動隊員が「野郎。」と言いながら、長さ一メートルかそれ以上の茶色の細長い指揮棒のようなものを上下に振り下ろした。何か当たったような音が聞えたので、振り返ると原告曽我が右手で頭を押えて顔を血だらけにしていた。その機動隊員は年令二〇歳前後、中背で、頬高く細長い顔をしていた。」旨の証言及び原告曽我は「最前列の機動隊員の肩の間から何か飛んで来るような感じがして顔にピシッという衝撃を受けた。ああ殴られたのかと思ったら、顔が熱くなり手で触ってみると真っ赤になったので出血していると判った。」との供述がある。証人リケットは社会人類学者として、空港反対運動等の研究を行っており、その関係で原告曽我らと親しく交際していたが、研究者として第三者的立場にあり、かつ、その証言中研究者としての立場上話しにくいところははっきりその旨証言しているなど証言態度も誠実であり、その証言は信用性が高いと思われ、証言内容も具体的かつ詳細であること、前記原告曽我の供述も、右リケット証言に合致しているうえ、〈証拠〉によれば、本件当時の周囲の状況は、日没後時間が経過しており、私道の幅は約4.11メートルでその左右は樹木が茂り、二列に並んだ第三小隊の背後に停車していた指揮官車の前照灯しかなく、決して明るいとはいえない状況であったことが認められるうえ、事件が突然であったことからして、凶器をはっきり確認していないことは格別不自然ではないこと、〈証拠〉によれば、機動隊には長さ一メートル五〇センチ、樫製、茶色の警杖という備品があり、第三小隊では大型輸送車内に一〇本の警杖が備えてあったこと、本件現場にこれを携帯していた隊員がいたことが認められ、右警杖の形態はリケット証言中の「棒状のもの」と合致すること、空港反対派の居宅敷地内に入り、退去を求める空港反対派十数名と対峙という緊迫し、双方が興奮していた状況下において証言内容のような事件が発生することも十分あり得ることからして、証人リケットの証言及びそれに合致する原告曽我の供述は信用するに足りるものと言うべきである。

(二)  これに対し、鈴木小隊長は証人として「警杖は自分が指示しない限り使用しないことになっているが、本件では警杖の使用を指示しておらず、現場には警杖は持ち込まれていない。撤収する途中、隊員の野田秀一から、原告曽我が自分から転んだと聞いた。」旨、また、鈴木の部下である隊員野田秀一は証人として「小隊長は前列の中央に、自分はその左側にいた。原告曽我は、自分から三、四メートル離れたところにおり、酔って足元がふらついており、楯に対し体当りをしていたが、顎を上へ向け後ろにのけ反るような形で倒れ込み、自分の視界から消えた。」旨の証言をしているが、野田証言のとおりの状況であれば原告曽我は楯にぶつかったため或は後ろに仰向けに転んだとき受傷したことになるが、右いずれの状況も左前額部という傷害の位置とは合致しないこと、〈証拠〉によれば、証人鈴木の証言に反し、現場の機動隊員が警杖(右警杖は乙第一号証の写真中の警杖とは形態が別である。)を所持していることは明らかであること(なお中隊長の到着から機動隊の退去までの時間及び状況から見て、中隊長が警杖の使用を命じたものとは認められない。)からすると、右各証言のような経過で原告曽我の傷害が生じたものと認めることはできず、前掲各証言及び供述を総合すれば、原告曽我は、機動隊員によって警杖あるいはこれに類似する棒状のもので殴打され前記傷害を負ったものと認められる。

3  そうすると、国家賠償法一条一項により、被告は原告曽我に対し、被告の公務員である機動隊員がその職務を行なうに当たり原告曽我に対して加えた傷害行為により、同原告が受けた損害を賠償する義務がある。そこで原告曽我の損害についてみると

(一)  〈証拠〉によれば、原告曽我は本件による受傷の治療のため金四万六九七〇円、診断書作成のため金四〇〇〇円(計金五万〇九七〇円)を支出した事実が認められる。

(二) 前記認定の受傷の部位、程度を総合すると、前記傷害により原告曽我の受けた精神的損害を慰謝する金額として一〇万円が相当である。

(三) 本件事案の難易、訴訟の経過、認容額等を考慮し、原告曽我がその訴訟代理人弁護士に支払う弁護士費用のうち本件と相当因果関係にある損害としては、金五万円をもって相当と認める。

したがって、被告が原告曽我に対し賠償すべき損害額は合計金二〇万〇九七〇円となる。

二原告斉藤、同細野について

1  原本の存在及び〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  原告細野は、昭和五八年秋頃から三里塚に居住し、パン製造・販売業を営む傍ら空港反対運動を行っている者であり、原告斉藤は空港反対運動の支援者であり本件の五年前から三里塚に居住し運送業に従事しており、右二名は、本件以前、成田周辺で何度も検問にあったことがある。原告斉藤は、昭和六〇年一一月一〇日、当日の空港反対派の全国集会に参加し、夕方山武郡芝山町大里一一三―一所在の通称坂志岡団結小屋で同志の者らと簡単な夕食と飲酒をしてから、同じく集会に参加して夕食を共にした原告細野及び加賀を原告細野宅へ送るため、同日午後一一時過ぎころ、本件自動車の助手席に原告細野を、後部座席に加賀を乗せて、前記の団結小屋を出た。

(二)  松田分隊長以下八名で構成されている第二分隊及び大隊付特務要員中西光仁(以下「中西隊員」という。なお、同人のみは私服を着用していた。)は、昭和六〇年一一月一〇日午後一〇時ころから、山武郡芝山町菱田一一五九番地の四先路上(以下「本件現場」という。)で不審車両の発見を目的として、進行車両の検問を実施した。当日の約三週間前の一〇月二〇日成田・三里塚周辺で空港反対派の集会及びデモ行進が行われたとき、過激派が機動隊と激突し、併せて駐車車両の放火が行われるなどの犯罪行為が多発していたので、一一月一〇日の当日も空港反対派の集会及びデモ行進が行われた関係で、警備当局が不審車両の発見のため検問を実施し、必要な職務質問を行っていた。

第二小隊中、中村隊員、福井隊員及び坂上隊員は、本件現場から約一〇メートル離れたところに駐車してあったワゴン車で待機し、隊員二名が本件現場から少し離れたところで警戒にあたり、松田分隊長、中西隊員及び他の二名の隊員が検問を行った。同日午後一一時半ころ、同所を進行してきた原告斉藤が運転する本件自動車(なお、本件自動車の左側フロントバンパー及びフレアは凹んでいた。)に停止を求め、職務質問を行った。

(三)  松田分隊長は、原告斉藤に対し、運転免許証の提示を求め、同原告はこれに応じて窓を開けて運転免許証を渡したところ、隊員はこれを照会するため持って行った。

中西隊員は、松田分隊長に、本件自動車のフロントバンパーが凹んでいることを告げ、原告斉藤らに対し検問を突破していった車両がある旨言い、更に、運転席側窓から車内を覗いて、原告細野を見て、「細野じゃないか。」等言ったところ、原告細野は、「あんたに呼び捨てにされる覚えはない。」と言い返した。

松田分隊長は、更に、車検証の提示を求めたが、原告斉藤はこれに応じなかったため、松田分隊長を初めとする隊員らは、車検証の提示を、更に本件自動車のエンジンの停止を求めたが、原告斉藤はこれを拒絶し、原告細野は隊員らに「なんで見せなあかのや。」、「早うせいや。」等強く抗議をした。

原告細野は、免許証照会を待っている間、煙草を吸い始め、助手席側窓を全体の五分の一程度開けた。また、そのころ、待機中の中村隊員、やや遅れて坂上隊員及び福井隊員が本件現場に来た。

(四) 中村隊員も助手席側から車検証を出すように言っていたとき、運転席側に居た坂上隊員が原告斉藤に対し「酒臭いで」と言ったところ、同原告が、窓を閉め始め、更に、原告細野が、吸っていた煙草を外に投げ捨て、窓ガラスを閉め始めた。中村隊員は窓ガラスに右手を掛けたまま「ちょう待て、ちょう待て。」と制止したが、原告細野はかまわず窓を閉め続けたので、同隊員の右手指が挟まれてしまった。中村隊員は原告細野に対し「窓を下げろ、開けろ。」と言い、また、持っていたボールペンを窓の隙間に入れてガラスを下げようとしたが、ボールペンは折れてしまい、指は締め付けられたままであった。

(五)  そこで、松田分隊長は隊員らに原告細野を公務執行妨害罪で現行犯逮捕をするよう命じ、隊員らは、「公務執行妨害。」、「公妨。」等口々に言いながら、本件自動車に対し、中西隊員が本件自動車の屋根に肘打ちをし、福井隊員が助手席フロントドアに飛び蹴りをして車両を揺らす等の実力行使して、本件自動車の運転席側前後部各ドア、助手席側前部タイヤ上部付近、前後部各ドア全面を凹ませた。

(六) そして、村上隊員が、助手席側後部座席の三角窓を蹴破り、後部座席のロック、引き続いて助手席のロックを外し、助手席ドアを開けた。隊員らが原告細野を車内から引きずり出そうとしたので、原告斉藤は頭を原告細野の上体に乗せて覆いかぶさるようにしてこれを支え、原告細野もシートベルト等にしがみついて引きずりだされまいとしたが、隊員らは原告斉藤の顔を拳でこじ開けるように打って同原告の頭を原告細野から離し、また、原告細野の指を一本ずつ剥がす等した上、車外に原告細野を引きずり出そうとした。そのとき原告細野が「妊娠している」「そうされのが一番体がきついねん」と訴えたので、隊員が双方から両足と頭部を持ち上げるようにして数メートル外にかつぎ出した。原告細野は「妊娠しているから、やめてくれ、腹に子供がおるのに何するねん」と抗議し、隊員らが原告細野を地上に降ろしたところ、同原告が手足をばたばたして暴れるので、左手に手錠を掛け、公務執行妨害の現行犯として逮捕した。逮捕時刻は昭和六〇年一一月一〇日午後一一時四二分である。

2  そこで、前記認定の事実関係に基づいて、隊員らが原告細野を現行犯逮捕し、原告斉藤所有の本件自動車を差押えたことが適法な職務行為であり、かつその際の隊員らが本件自動車に対し、叩く、蹴る、三角ガラス窓を割る等の実行力行為を加え、原告斉藤、同細野に対し実力行動に及んだことが必要、相当であったかについて検討する。

(一)  前記のとおり本件事故当日も隊員らが空港反対派に属する過激派集団による駐車々両の放火等の多発ゲリラに備え、不審車両の発見のため検問を実施中であったから、不審車両を発見した場合、警職法二条一項の職務質問の一環として、車検証の提示を求めることは許されると解するのが相当であるところ、前記認定によれば、中西隊員が本件自動車の左側フロントバンパー及びフレアが凹んでいたのを発見して、事故車の疑いを持ち、松田分隊長にその旨を告げ、同分隊長が原告斉藤に車検証の提示を求め、中村隊員も助手席側から、少し開いていた窓ガラスに手をかけたまま、車検証を出すように言ったこと、その時運転席側に居た坂上隊員が車内に酒気を感じてそのように言ったところ、原告細野が吸いかけの煙草を外に投げ捨て、窓ガラスを閉めたので中村隊員の右指が挟まれてしまい、エンジンをかけたままなので発進されると危険だと感じた同隊員が車の屋根を叩いて開けるように求めたが、原告細野が応じなかったので、これを見た松田分隊長が公務執行妨害として原告細野の逮捕を命じたものであるから、右事実に基づくと、原告細野は隊員らの職務執行に対し有形力を加えたことになるので、隊員らの原告細野に対する逮捕行為は適法な職務行為であったと解すべきであるし、右逮捕の現場で本件自動車を証拠品として差押え処分をしたことも適法な職務行為であったと解せねばならない。

(二)  次に前記認定によれば、原告細野が中村隊員の右指を窓ガラスで挟んだまま開放しなかったので、隊員が本件自動車の屋根を叩き、タイヤやドアを蹴り、車両を揺らしたが、なおも窓ガラスを開放しなかったので、助手席側後部の三角ガラス窓を割って中からドアを開いたものであるから、隊員らの右の諸行為は緊急やむを得ない行為であって、違法と評価することは相当でないと解する。

(三)  以下原告斉藤の主張について判断を加えることにする。

(1) 車検証の提示を求める職務質問は違法であるから、原告細野の公務執行妨害罪の逮捕行為が違法であることを前提とする違法主張の点の判断は、前示のとおりである。

(2) 原告斉藤に対する暴力行為が違法であるとする点は、前記認定によれば、原告斉藤は隊員らが逮捕しようとした原告細野を押え込むようにして妨害したので、隊員らが拳で原告斉藤の顔をこじ開けるように打って同原告の頭を原告細野から離したものであるから、隊員らの右程度の有形力の行使は原告斉藤の妨害行為を排除するためにやむを得ない相当な行為であると認定せざるを得ない。

(3) 本件自動車の差押え処分が違法であるとする点の判断は、前示のとおりである。

(4) 本件自動車の差押え処分は、必要のない過剰な差押えであるとの点は、前述の原告細野の職務執行妨害事実の立証には本件自動車が密接な関連性を有するものであるから、差押えの必要がなかったとするのは相当でない。

(5) 本件自動車に対する暴行々為は原告細野の逮捕行為と無関係な行為であるとする点は、原告細野が閉めて窓ガラスに右指を挟まれた中村隊員の救出のためにやむを得ない相当な行為であるとする前示に照らして、採用できない。

(四)  次に原告細野の主張について検討する。

(1) 車検証の提示を求める職務質問は違法であるから、原告細野の公務執行妨害罪の逮捕行為が違法であるとする点の判断は前示のとおりである。

(2) また現行犯逮捕の必要性がないとする点は、前記認定のとおり、中西隊員は原告細野を知っていたものであるが、同原告の住所等身元関係を十分把握していたと認めるに足りる証拠はないこと、同原告の職務質問に対する態度等からして、少なくとも同原告について逃亡のおそれが存在することは否定しえず、したがって、本件逮捕について、逮捕の必要性がないとするのは相当でない。

(3) 次に、現行犯逮捕に際し、原告細野に対し必要な限度を超えた暴行を加えたとする点について検討するに、逮捕行為において、これに対する抵抗を排除するため、その目的に照らし社会的相当性の範囲内で実力を行使することは法の許容するところであるところ、前記認定の隊員らが原告細野を逮捕するまでに行使した実力行為は、原告細野を逮捕したことが逮捕当時の具体的状況に照らして相当であったかについて、後記の疑問が存するものの、逮捕に必要な限度を超えた暴行があったことを認定することはできない。原告細野本人は「隊員から車内で左手に片手錠をかけられたのち、ずるずる外に引きずり出され、地面に仰向けに寝た感じでいた際、『妊娠したのでやめてくれ』と言ったが、足を蹴られ、肩や腕を殴られた」と供述するが、右本人尋問の結果を仔細に検討すると、原告細野は、「無中であったので、叩かれたような感じ、ずるずる引きずられるような感じ」を述べた部分が多く、かなり情緒的表現が多いと認められるので、原告細野が車外にかつぎ出され手錠をかけられるまでの前記認定に徴して、原告細野本人の前記供述を採用するにいまだ足らないと言わざるを得ない。

(4) ところで前記認定によれば、隊員らが原告細野の逮捕行為に着手し、これを妨害しようとする原告斉藤を原告細野から引き離し、シートベルトを握っていた原告細野の指を一つ一つはがしたのち、同原告を外に引きずり出そうとしたところ、「妊娠している」と聞かされたのであるから、その時はすでに中村隊員の手指が窓ガラスに挟まれた状況から開放されていたこと、前記のとおり窓を閉めた後原告斉藤は車の発進を試みた形跡がないこと、証人中村光仁及び同中村和久の各証言並びに原告斉藤の本人尋問の結果によれば、本件自動車の前後輪には発進できないよう車止め(エックスアングル)がなされていたことからして、客観的にみて逃走の危険性は低く、したがって逮捕の緊急性もまた低かったと認められること、原告細野本人尋問の結果(第二回)によれば、原告細野は逮捕後ワゴン車に連れていかれてから気分が悪るくなり、車外で吐き、留置場に連行されてからも、気分の悪るさが続き、痛みがひどくなり、翌日早朝トイレで出血し、その際一〇センチ四方位のレバーの固まり状のものが出て、流産したことが認められるので、妊娠初期の女性は肉体的精神的な衝撃を受けた場合には、流産し易いことを考え併せ、隊員らは、原告細野から、「妊娠している」と聞いた時点で、原告細野の逮捕行為を一旦中断して任意連行の説得に務めるのが相当であったが、隊員らは原告細野の抗議にも拘らず外にかつぎ出した上、手錠をかけて逮捕したのであるから、その逮捕行為が相当であったかについては問題のあるところである。

しかしながら前記のとおり、隊員らの行為は、原告細野の足と頭を双方から持って上に持ち上げるようにしてかつぎ出したこと、原告細野が地面に寝て手足をばたつかせて抵抗したので、手錠をかけて逮捕に及んだものであるから、隊員らの右有形力の行使の態様、程度、原告細野の抵抗状況を併せ考えると、原告細野に対する逮捕行為をもって社会的非難に相当する違法なものとすることはいまだできないと思料する。

3  以上の次第で、原告斉藤及び同細野の違法の主張はいずれも採用することができない。

三よって、原告曽我の請求は損害金二〇万〇九七〇円及びこれに対する不法行為の日である昭和六〇年一一月四日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で相当であるから、これを認容し、その余は失当であるから棄却し、原告斉藤及び同細野の請求は、その余の点をみるまでもなく失当であるから棄却することとし、訴訟費用について民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言及びその免脱宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官高橋隆一 裁判長裁判官上村多平は転勤につき、裁判官副島史子は退官につき、いずれも署名押印できない。裁判官高橋隆一)

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